| 妖怪とわたし。 | |
| てか鬼太郎ちゃんとわたし。(笑) 10歳の時にTV三期目放映の『鬼太郎』にハマったのがそもそものきっかけ。 TVでは正義の味方っぽいヒーロー役でしたが原作を読めば結構なワル。 かなり設定が原作とは変更になってましたが、良い話もいっぱいあったなー。 個人的には『化け猫国道0号線』と『妖怪ハンター ヒ一族!』『純愛 ヌリカベとおしろい娘』『密林の大海獣』『大海獣怒りの逆襲』(…書いててどれくらいの人が「ああ、あの話か」と思ってくれるかわかんなくなった…でもまあよし)が好き。 でも「地獄編」はちょっと個人的に泣き入りましたね。 「うわ嘘何、鬼太郎ちゃん、これじゃ半妖怪じゃん!」と思ったもの…。純血の幽霊族の末裔だと思ってたし、TV放映の最初のほうでもねずみ男を『半妖怪のくせに!』とか言ってたのに…。 地獄童子は好きでしたけどね。(おそろいの長い白いマフラーを買うほどに・笑) その後の第四期のほうが原作に近いかなあと思いましたが、割と短く終わってしまって残念。 最終回の敵が京極夏彦…じゃなくて一刻堂ってのが少々笑えましたが。 そんなこんなで割と幼いうちから妖怪の洗礼を浴びた私、水木御大の作品も子供のお小遣いで買えるものは極力買っておりました。まあ京極氏のコレクションには及びませんけどね〜。 んなわけで…水木御大の原画展やら何やらの情報をゲットすると、必ず足を運びます。 一度サイン会も参加しました。めちゃくちゃ嬉しかったなあ。 そういうわけで結構マニアなのですわ(笑) 私は自分の中で「妖怪は居る」と認識しているんですね。 それだけなのですけど、なんていうのかな…「居る」と認識している間は、たとえ姿が見えなくても存在しているものだと思うし、またそれで当然なのであって、存在して当然のものである、とおもっている私にとっては、それ以上議論する余地のないものなんです。 「これこれな現象が起きた」ってのを科学的にというか、論理的に解釈するのもひとつの方法論ですが、「ああそれは妖怪○○の仕業だね」といって片付けるのもひとつの方法論だと思うんです。 人間は絶対的な存在ではないし、科学というものも絶対ではない。 多少なりとも解明できない存在が必要なのではないかと思うのです。 だからこそ、どんどん都市化が進む中でも「都市伝説」は生まれていくし、電気機器を通じて霊がどんどん伝わっていくようなホラー映画もヒットするのでしょうし、小学校にはいまだに七不思議が絶えないのだろうと思います。 さてこんな私ですが、いまだに境港を拝んでおりません。 妖怪ロードも妖怪博物館も行きたいのですが、旅費が出ません(T_T) …せめて深大寺の妖怪茶屋には行きたいと思います・・・。 ああ、あとこれは妖怪ではありませんが、私は産まれた頃酷く夜泣きをする子供だったようです。 で、そのスジの方に見ていただいた所、「狐が憑いてる」と言われたそうです(笑) ただ、狐は私の守り神さまで、やはり狐さんも生まれたばかりの子狐だから、鼻をつまんだりして悪戯しているため夜泣きをするのだと言われたらしいです。 …というわけで、物心がついた頃には母から「お稲荷様を見つけたらちゃんとご挨拶しなきゃだめよ」と言いつけられ、それから今に至るまで、お稲荷さんへはご挨拶を欠かしません。 移動中の車窓から赤いノボリが見えればそこで「こんにちは」と内心で挨拶し、ばったり出くわしても急いでいる時は「こんにちは、失礼します」と軽く会釈しながら通り過ぎ、他所様のお家の一角に小さな白いお狐様の像と祠を見つければやはり「こんにちは」と…。 いやだってお狐さまって色々説がありますが、一説によると元はインドのダキニ天まで遡るんです。カーリー神の侍女で、この神様は人間の肝を食う神様です。ちなみにカーリー女神は破壊神シヴァの后です。ただし「死」は次の「再生」へとつながるものと(輪廻転生)考えられていたので、恐ろしい姿で描かれますが信仰は厚かったようです。 さてダキニ天ですが、お釈迦様に「肝を食ったら人間が死んでしまうだろう」と叱られてからは、もうそろそろ寿命、って人の肝だけ食べることにしたそうです…。 というちょっとコワイ面もありますので、お稲荷さんを見つけたらご挨拶してます。 |